営業ではモノやサービスを売るべからず

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先日、某グローバルホテルグループの「タイムシェア」のプレゼンテーションを受ける機会がありました。

タイムシェアとは、世界中に自分の部屋を持つという優雅なライフスタイルを実現する、というコンセプトで、高級コンドミニアム・スタイルの部屋を、特定期間だけ所有し、本当にそこに暮らしているかのようなバケーションを楽しむことができるものです。

しかしタイムシェアは、不動産売買にも似ており、半永久的な時間と、経済面でのコミットメントが必要になるため、やすやすと購入するような商品サービスではありません。が、それでも買う気にさせてしまうのが、専任セールスマンのプレゼンテクです。

私はというと、時間面・経済面以外に求めている要素があったため、結局購入には至りませんでしたが、セールスマンのプレゼンテクが非常に素晴らしかったので、どんな点が優れていたのか、分析したいと思います。

人は何を欲するのか

まずタイムシェアのセールスオフィスに到着すると、すぐにコンピューター画面から、「私の家族の理想のバケーション」に関する質問への回答を入力します。所要時間3分ほどで入力が終わり、コーヒーやクッキーなどを頂きながら待つこと5分弱。担当セールスマンのShakがやってきました。

セールスマンのShakはアメリカに長く住むパキスタン人。恐らく、最初のアンケートで、私がアメリカ在住暦の長いアジア人であることも分かっていたので彼が私たちの担当になったのでは、と推測します。この時点で既にポテンシャル顧客へのカスタマイズが始まっていたのです!

にこやかにあいさつをし、デスクに案内すると、Shakは資料などを取りに、1~2分席をはずします。デスク横には大きなスクリーンが設置されており、世界のタイムシェア施設の美しい写真が映し出されます。次々と出てくる写真を見てまず気づきました。冒頭のコンピューターによるアンケートで、「好きなバケーション先」に選んだ、「アジア」、「ヨーロッパ」、「カリブ海」ばかりの写真が出てくるのです。

顧客の興味に基づきながら、夢のような理想のバケーション映像が次々と映し出される……。Shakのセールストークが始まる前から、既に気分は優雅なタイムシェアオーナーです。Shakの離席は、偶然ではなく、ポテンシャル顧客の心を開くために計算し尽くされたセールスプロセスの一部だったのです。

Shakがデスクに戻ると、まずは「お互いを個人ベースでよく知ろう」、と、各自自己紹介。次に、「理想のバケーション」について、先ほどのコンピューターアンケートよりももっと深い質問が投げかけられます。

例えば、「バケーションはあなたにとってどれくらい重要なものなのか、それはなぜか?」、「なんのためにバケーションに行くのか? バケーションから得られる、またはバケーションに求める“よいこと”は?」、「今まで行ったことがなく、ぜひ行ってみたいバケーション先はどこか?」などなどです。

お互いについて知り、信頼関係を築き、そして私たちの理想のバケーション像が浮かび上がったところで、いよいよ、彼らの施設やサービスについてのピッチングが始まりました。

既に私たちのニーズを把握していますから、それは魅力的なプレゼンテーションでした。このオファーを辞退する人なんているんだろうか?!(ただし金銭面などの制約がなければ)というほど、五感すべてに訴えかけるような、そして「人は何を欲するのか」を非常によく理解したプレゼンテーションでした。

人は何を欲するのか。それは、高級コンドミニアムそのものではなく、素晴らしいサービスでもありません。人が欲するものとは、「そのモノ・サービスを通して得られる理想の未来」なのです。

だからこそ、Shakは、私たちの心を開き、私たちのことをよく知るためのプロセスを丁寧に経ながら、私たちにとっての「理想の未来」を最初に、具体的に描いてみせたのです。

ここまでできたらセールスの半分は達成した、といえましょう。

理想と現実のコントラスト

しかし商品にしろサービスにしろ、何かを売るセールスの際に、大きな難関となるのは価格。そして、この難関を乗り越えるためには「その価格に対して得られる価値が大きいと考えられるかどうか」にかかっています。

Shakはここでもまず幾つかの質問を投げかけました。

現在私たちがバケーションに使っている費用の年間平均、および、日数の年間平均、あとなん年くらいバケーションに行くと思うか、そして、私たちが思うこの先のインフレ率予測、などです。次に、その数字を基に、私たちが、バケーションのためにどれだけの金額を「無駄遣いするか」、を計算し、現実をつきつけて見せました。私たちの場合、有に$400,000以上(4000万円以上)を「無駄遣いする」という計算でした……(驚!)

一方で、彼らのタイムシェアに同じだけの金額を使った場合、それは「資産への投資」となり、金額の一部が投資されて利子を得られること、資産として後世に残すことができるため価値ある投資であること、さらに、資産なので将来売却することもできる、というベネフィットを提示されます。

タイムシェアを購入するという「理想」は、現状のバケーションの取り方という「現実」から大きなギャップがあることを見せ付けられ、このコントラストが聞き手である私たちの心を大きく揺さぶります。

さらに、コントラストによる心を揺らす手法は続きます。

具体的に私たちが行ってみたいと答えた場所の施設を見ながら、具体性を高め、得ることのできるあらゆる金銭的ベネフィットの数々が目の前に繰り広げられます。そして再度、「現実」に引き戻し、今のままのバケーションを続けると、30年後にはどれだけお金を失っているのか、再度強調し、タイムシェア購入に「NO」と言う理由がないことを納得させられてしまいます。

そこで金額が提示される前に、さらにもう1段階、ステップを踏みます。「これらの素晴らしい“理想”を手に入れることに価値を感じるか? 感じられなければプレゼンテーションはここで終わりましょう」と、さらにさらに心を揺さぶっておくのです。こんなことを聞かれたら、「この先も知ってみたい」と思うに違いありません。当然、「価値を感じます」と答えるわけで、そこでようやくこれまでの回答に基づいてカスタマイズされた金額プランが提示されます。却下するオプションも与えられたのに自分で価値を感じると答えたのですから、金額を見せられたら「やっぱり買えません」と意見を変えるのは難しくなるというわけです。

懸念・質問を払拭する

Shakは、プレゼンテーションの随所で、私たちが考えているだろう懸念や質問を自ら挙げ、払拭すべく、安心できる回答を提供しながら、先手、先手を打っていました。

例えば、ピッチングが始まる前には、「あなた方の貴重な時間を奪うことは私たちのポリシーに反するので、最短時間で終わらせましょう」と、安心させました。また、「自分たちがある施設を使いたい時期にほかの人が使っていたらどうするのか」、「例えば10年後に解約したくなったらどうするのか」、などなど、想定される疑問点にも先手を打って、こちらが尋ねる前に回答を提供していました。懸念・疑問をなくし、相手を安心させ、心を開かせて、「YES」の準備をさせることは、セールスプロセスにおいてとても重要です。

最終ピッチング

いよいよ決断の時です。私たちの回答によってカスタマイズされた内容に基づき、金額プランが3つ提示されます。そして当然、「今日申し込んだ人だけのベネフィット」というおまけも用意されています。

ここで重要なのは、相手の非言語メッセージを読み取ることです。

金額を見て、「なんだ、こんな安いのか」という表情をしたならば、きっとShakは攻めの最終ピッチングに入ったことでしょう。

しかし私たちは、「わっ、結構高い、やっぱりね」という表情だったのでしょう。Shakは即時に作戦変更をします。さらなる質問です。「あなたが価値を感じると考えたこのプログラムは、いくらくらいだと想像してましたか?」

ここで金額を言わせることで、その金額にマッチしたプランを再度提示するのです。「自ら言ったこと」=「自分で納得できる範囲」=「買ってもよい」という判断につながる、という仕組みです。ここまできたら「NO」と答えるのは相当難しいはずです。

にもかかわらず、私はなぜ「NO」と言えたのでしょう?!?(笑)

Shakへの称賛を前面に出し、さらに、彼のプレゼンで一度も触れられなかった点かつ改善しようがない点を理由に挙げたからです。いわゆる「フランクアタック」です。

私はプレゼン・スピーチ・コミュニケーションのプロフェッショナルですから、Shakのプレゼンを、今このコラムに書いているような分析をしながら聞いており、「素晴らしいプレゼンだ」と感心していました。

そこで私は正直に、「セールスの成否は売れたかどうかで決めたいかもしれないが、あなたのプレゼンは○、○、○、という点で素晴らしいものだった。だから、私がNOと言ってもあなたのプレゼンは大いに成功だと私は考える」と大いに称賛したうえで、「私が『YES』と決断するためには、東京のある特定の場所に、特定の施設を持っている必要があり、そこがどうしても譲れない決め手だった。現段階ではそこが満たされていないので、残念ながら今日の答えはNOだ。特殊な状況でごめんなさい」とフランクアタックを行い、再度、「あなたのプレゼンを聞いて購入しない人はいないと思いますよ!」と称賛で締めくくりました。

効果的なセールスプロセスと手法のまとめ

Shakが使ったセールスプロセスと手法をまとめてみましょう。

Step 1 ラポール構築:自己紹介を通し、相手をよく知り、相手の心を開くプロセス

Step 2 理想の未来像:アクティブリスニングを行いながら、相手の理想の未来像を明確にし、共有するプロセス

Step 3 全体像ピッチング:相手の「理想の未来像」に基づき、内容をカスタマイズした、全体像に関するピッチングを行うプロセス

Step 4 具体化・現実化への絞り込み:全体像が得られたら、相手の興味・懸念に基づき、具体的・現実的に想像できるよう、さらに情報を絞り込むプロセス

Step 5-1 意思決定への誘致:金額や条件について幾つかのオプションを提供し、意思決定を促すプロセス。ここで成功すれば、Step 6へと進む

Step 5-2 非言語&アクティブリスニング:一方で、相手が少しでも懸念を見せた場合、瞬時に非言語メッセージを読み取り、さらなるアクティブリスニングを経て、意思決定に近づけていくプロセスを踏む

Step 6 クローズ:相手が「YES」の決定をしたならば、契約プロセスへと進み、「NO」ならば終了。いずれの場合も、笑顔で握手。

効果的なピッチングの大きな鍵となるのは、アクティブリスニング(積極的傾聴・効果的な質問・非言語の読み取りなど)と、相手の心と頭の状態に沿ったピッチング、です。

効果的なアクティブリスニングについては、ブレイクスルーの動画、「動画でBreakthrough! Breakthrough白熱教室~やる気を引き出す質問力~」で学ぶことができます!

投稿者プロフィール

リップシャッツ 信元 夏代
リップシャッツ 信元 夏代(りっぷしゃっつ・のぶもと・なつよ)
早稲田大学商学部卒。ゼミ専攻は「異文化コミュニケーションとビジネス」。NYUにてMBA取得。1995年に渡米後、伊藤忠インターナショナルにて鉄鋼、紙パルプ業界の営業・事業開発に携わる。その後マッキンゼーにて消費財マーケティング・事業プロセス改革などの業務に携わった後、2004年に、事業戦略コンサルティング会社のアスパイア・インテリジェンス社を設立。
 2013年、2014年春季トーストマスターズインターナショナルの国際スピーチコンテストでは、日本人初の地区大会優勝2連覇を果たしている。この経験を受け、2014年9月にブレイクスルー・スピーキングを設立。グローバルに活躍したい日本人のためのグローバルパブリックスピーキングのE-learningプログラムを中心に、個人コーチングセッション、企業内研修なども行う。TEDxTalkスピーカー。