今年の「スーパーボウル」で流れたテレビCMの共通点とは?

米国の一大スポーツイベントといえば、プロフットボールNFLの王者を決める「スーパーボウル」でしょう。毎年2月の第一日曜日に開催される、この試合には老若男女を問わずに米国中がお祭りモードでバーに集まったりホームパーティーを開いたりして、1億人以上がテレビにくぎ付けになります。といっても、1億人すべての人たちがフットボールファンというわけではありません。スーパーボウルには試合以外に、もう一つ有名なものがあります。それは試合の合間に流れるテレビCMです。

全米でスーパーボウルをテレビ中継するテレビ局のFOXは、昨年11月25日時点で試合中のCM枠が売り切れたと発表しています。30秒のCMを1回放送するための金額は平均で560万ドルともいわれ、世界一高額なCM放映権となっています。放映権を獲得した企業各社は、この日のためだけの特別なCMを制作します。映画監督による作品も少なくありません。ですから、フットボールファンでなくても、CM見たさにスーパーボウルパーティーに参加する人たちがたくさんいるのです。

今年のスーパーボウルで話題になったCMには共通点がありました。それは、ストーリーです。どのCMにも、視聴者の心を揺り動かすストーリーがありました。今年のCMの中で、筆者が最もストーリー性が秀逸だと思ったものをご紹介しましょう。

「9つのC」を駆使したグーグルCM「Loretta」

このCMの主人公は85歳の男性です。CMは、グーグルのウェブサイトで「how not to forget(忘れないようにするためには)」と検索する画面から始まります。「詳細を繰り返し思い出すこと」という検索結果が出ると、男性は早速それを実行に移します。グーグルのAIアシスタントに「グーグル、ロレッタと一緒に写っている写真を見せて」と話しかけるのです。するとグーグルは、いくつもの写真を映し出します。それを見た男性は笑いながら「覚えている? ロレッタはひげが嫌いだったんだよ」と言うと、グーグルは「OK、覚えておきます」と回答します。男性は先立たれた妻、ロレッタのことを忘れないよう思い出を掘り起こしているのだと分かります。

次に男性が「ジュノー(アラスカ州)の近くの村」を検索すると、AIアシスタントと次のようなやり取りが始まります。

「覚えている? ロレッタはアラスカ旅行が好きで、ホタテも大好きだった」

「OK、覚えておきます」

「結婚記念日の写真見せて。覚えている? 笑うといつも鼻を鳴らすんだよ」

「OK、覚えておきます」

男性の声から、泣くのをこらえている様子がうかがえます。

画面には、AIアシスタントの「覚えておいて」機能で保存した思い出が次々と表示されていきます。

「ロレッタはショーの音楽を口ずさんでいた」2020年1月26日

「ロレッタの好きな花はチューリップ」2019年11月27日

「ロレッタほど字のきれいな人はいない」2018年7月2日

「ロレッタはTickled Pinkが口癖だった」2017年8月23日

「ロレッタはいつも、自分がいなくなってもあんまり悲しまないで、家から出て外に行きなさいね、と言っていた」2017年5月14日

これが終わると、男性は「覚えていて、私は世界一幸せな男だ(Remember, I’m the luckiest man in the world)」とグーグルに話しかけ、犬を連れて散歩に出かける様子が聞こえてきます。最後に「Little help with little things (小さなことの小さな助け)」という文字と、グーグルのロゴが映されてCMは幕を閉じます。

CMの中で、男性が姿を現すことは一切ありません。映っているのはPCの画面に表示された画像のみ。男性の声だけでストーリーが進んでいくにもかかわらず、心が揺り動かされるのです。「忘れないようにするには」で検索するオープニングで興味を引き(ストーリーを構築するための「9つのC」のうちのCuriosity)、妻を亡くしたという状況設定(同、Circumstance)から、思い出をたどりながら声が詰まっていく様子(同、Conflict)、その思い出を忘れまいとする主人公と、それを助けるグーグル(同、Cure)、そのおかげで妻が生前言っていた通り、家にこもらず外に出ていくことができた男性(同、Change)。そしてCM全体を通して、男性の会話調のモノローグでストーリーが進んでいきます(同、Conversations in Dialogue)。最後には「小さなことの小さな助け」がグーグルから得られるのだというメッセージ(同、Carryout)で締めくくられています。ブレイクスルー・スピーキングでも提唱している「9つのC」が巧みに取り入れられているのがお分かりになるでしょう。

グーグルはIT企業ですが、もし最新テクノロジーを駆使しているという点をアピールするCMだったら、ここまで心を揺り動かすことはできなかったでしょう。テクノロジーを扱うからこそ、ヒューマンにフォーカスし、心の温かみを感じることのできるストーリーを前面に押し出すことで、グーグルのブランドイメージ向上に非常に貢献したCMだといえます。

ビジネスプレゼンでこそストーリーを取り入れよう

私がプレゼンやスピーチの企業研修をしている際、しばしば次の質問を受けます。

「確かにCMや自己啓発になるスピーチならストーリーテリングが合うでしょうが、ビジネスの場ではストーリーテリングは目的にそぐわないのでは?」

これについてはハッキリと「そうではありません」とお答えできます。「何かを売り込まれている」と少しでも感じると、人は抵抗を感じたりしますが、豊かなストーリーには誰もがつい耳を傾けてしまう力があります。グーグルのCMも、グーグルの売り込みは一切されていないということからもお分かりいただけるかと思います。

ビジネスプレゼンの中のストーリーは、様々な役割を担ってくれます。込み入ったコンセプトや新しい知識を得た時、ストーリーと共に解説されると、より理解が進み、腹落ちしやすくなります。商品・サービスの購入を検討しようとしている時、実際それをどんなシーンで使ったらどのように現状が改善されるのかということが、ストーリーならよりイメージがわきやすくなります。上司から言われて仕方なく参加した研修でも、講師が自身の失敗談などのストーリーを語ると、興味が持てるようになります。

過去のケースを紹介する際、そのプロジェクトに関わった人々の顔が見え、どんな苦労を経て今に至るか――。これをストーリーで聞くことができれば、「この会社に頼みたい」と心がひかれます。

ビジネスプレゼンでは、ついつい「事例紹介」にとどまってしまうパターンがほとんどでしょう。しかし、事例紹介(クライアントの課題やプロジェクトの背景説明、提供したソリューション、得られた結果)を明確に説明すれば、説得力があると思いがちですが、実は論理だけでは人の心は動きません。事例紹介にとどまらず、相手を動かすためには、やはりストーリーが必要不可欠なのです。