相手を説得したい、大切な情報を伝えたい、購買などの行動喚起をしたい、感動を与えたい、意識改革をしたい…。皆さんがプレゼンやスピーチをする際、さまざまな目的があることと思います。目的は異なれど、すべてのパブリックスピーキングに共通しているのは、聞き手に何らかの影響を与えたいという点です。

しかし、スピーチをする際、大体最初にすることは何でしょうか?ほとんどの人は、まず原稿を書き始めたり、パワーポイントに向き合うことからはじめます。

でも考えてみてください。マーケティングの戦略設計をする際、自分が作りたいものを最初に考え、なんとなくあたりをつけて、いきなり商品開発をしたりするでしょうか?しませんよね。対象となる市場やターゲット顧客の調査や分析をまず行って、市場性やニーズ、顧客の行動パターンなどをよく知ることから始めるはずです。

「オレオレスピーカー」からの脱却

スピーチも実は同じなんです。いきなり原稿を書き始めたら、「聞き手が何を求めているのか」ではなくて、「自分が何を言いたいのか」に偏ってしまうと思いませんか?自分視点の持論ばかり語っていたら、お酒の席でも相手に嫌われてしまいます。

しかし、スピーチをする際、知らず知らずのうちに、そんな「オレオレスピーカー」になってしまう人は意外にも多いものです。

「わが社はお蔭様で高い評価を得ております」
「わたくしのバックグラウンドをまずお話します」
「我々はあなたにこんな素晴らしい商品を提供できます」

といったフレーズに心当たりはありませんか?

商品やサービスが顧客視点のものである必要があるのと同じように、スピーチも聞き手にとってどんなベネフィットや学びが得られるのか?という「聞き手視点」でなければ、誰もあなたの話を聞こうとはしてくれないでしょう。

よく知りもしない相手に影響を及ぼすのは大変なことです。ですから、原稿を書き始める前に、マーケティングでいうところの「調査・分析」のプロセスが非常に重要なのです。

今回は、スピーチ構成の前にすべきこととして、どのような観点から調査・分析し、それに基づいてどんなメッセージを構築していくのか、という極めて重要かつ戦略的なプロセスについてお話します。

「相手を知る」ことからはじめる

例えばマーケティング戦略設計のために、調査を実施すると考えてみましょう。商品を売りたい相手は誰なのか、どんな風に分析していくでしょうか?

30代女性、未婚者、都内在住、フルタイム勤務、のように、デモグラフィックスによって聴衆をセグメンテーションすることは第一ステップかもしれません。でも人間はもっと複雑なものです。

同じ30代女性、未婚者、都内在住、フルタイム勤務の人でも、A子さんは料理に興味があって寿退職を心待ちにしている、でもB子さんは株式投資が大好きで、将来はトレーダーとして活躍したい、と考えているかもしれません。趣味嗜好がこんなに違うA子さんとB子さんに同じものを同じタイミングで売ることは難しいはずです。

相手と密接につながるには、デモグラフィックスよりもっと深いところで聞き手と結びつかなければいけません。

マーケティング調査では、顧客市場についてよく知ると同時に、売りたい商品が提供する価値はなんなのか、相手にとってその商品を使うとどんな良いことがあるのか。商品の提供価値について顧客視点で差別化要素を分析していくはずです。

これはスピーチの際も同じことです。スピーカーとしてのあなたの役割は、聞き手にとってのメンター、またはガイド的役割です。相手がそれまで知らなかった知識を身につけたり、その知識を成功に向けて活用するスキルや明確なネクストステップを備えて会場を後にしてもらって、初めてメンターとしての務めを果たした、といえます。

時間をかけて、聞き手の生き方を分析してみると、貴重なヒントが浮かびあがるはずです。まず、聞き手はどんな人たちが集まっているのか。彼らはすでにどんな知識を持っているでしょうか?どんな価値観を持っているでしょうか?どんなモノ・コト・ヒトに影響を受けやすいでしょうか?彼らが持つ興味、課題、問題を引き出してみましょう。あなたと繋がるかどうかを決めるのはあくまで聞き手です。それを左右するのは個人の価値観です。まず、聞き手ひとりひとりが大切にしているものを見つけ出すことが大切です。

次に、スピーカーとしての自分自身の役割や経験、ナレッジなどを観察してみましょう。あなたはメンターとして、聞き手に何を与えられるのでしょうか?聞き手がネクストステップに踏み出せるよう、どのようにして自信を持たせ、背中を押してあげることができるでしょうか?そのトピックについて話すべきなのは、なぜ他の誰でもなく、あなたなのでしょうか?

最後に、聞き手とスピーカーとの間に、どんな共通の基盤があるのかを見つけ出しましょう。この共通の基盤を増やすことができれば、聞き手は、すぐにあなたと繋がってくれることでしょう。

例えば筆者が、イリノイ州で保険会社のカスタマーサービス部門のスタッフを対象にワークショップを行ったときのことです。

聞き手は約8割が生粋の白人アメリカ人。残り2割が、日本人を含むアジア人。私は純粋な日本人で、保険といっても自分の保険はたまの健康診断くらいでしか使わず、あえてつながりがあるとするならば、歯医者の主人のデンタルオフィスでだいぶ昔に週末に受付を手伝っていた時に扱ったことがある程度。私はどうやって聞き手と心のつながりを作ればよいのだろう、と散々悩みました。主催者側からは、彼らの肩書き程度しかいただけず、彼らを深く理解できるような資料はありませんでした。

このワークショップの準備のために、私が実践してみて役に立ったのは次のことでした。まず、聞き手の調査段階で、保険業界についての資料や記事をウェブで読みあさり、とくにその会社のニュースや評判などを探しました。また、主人のデンタルオフィスでもその保険を扱っていたので、保険の使い勝手やカスタマーサービスの対応などを中心に意見を聞きました。更に、ワークショップ参加の約半数の人に対し、事前に電話での聞き込み調査を行い、一対一で話す機会を得ました。

こうしたリサーチは彼らの課題や問題意識、本音を理解する上でとても役に立ちました。そして私が彼らに対して提供するのに適切なツールや事例などを準備することができ、共通の基盤を持つことができたのです。更にこのリサーチのおかげで、ワークショップ開催前から互いに親近感が沸き、心がつながったと感じられたのです。

このようにして、まず、「マーケティング調査分析」をじっくり行ってみましょう。自分と相手との共通の基盤が見つかったら、それをどうやって言語化するのか?と考えるのが、次のステップです。メッセージの言語化プロセスでは、ロジカルシンキングのアプローチを使うことで、より明確で「伝わる」精度の高いスピーチに仕上がっていきます。次回の解説をお楽しみに。