ストーリーの掘り起こしがもたらす副産物
9月から4カ月連続で続いていた、プロスピーカーの集中ブートキャンプがようやく終わりました。「ブートキャンプ」、と表現すると、皆ひたすら黙々と技術研鑽に励むイメージかもしれませんが、実はその一部分にすぎません。このプログラムには、アメリカ、カナダ、イギリスといった、いわゆる英語圏の各国から約30名のプロスピーカーが一堂に会しました。
メンバーのバックグラウンドも実に様々です。元戦闘機パイロットの50代男性、元陸軍で現在は会計事務所を営む60代男性、デジタルマーケティングを専門にする30代女性、テレビパーソナリティーの40代女性、現役内科医師の50代女性、NBA(全米プロバスケットボール)メンタルコーチの50代女性、作詞家の30代男性、元舞台女優で現在は精神科医の50代女性、元歌手で現在LGBT推進に取り組む30代女性……。
こんなユニークな面々が、「スピーチ一つひとつで世界を変えたい」という共通の思いを持ってこの4か月間、原稿構成やスピーキング技術はもちろんのこと、即興術から発声・滑舌、動き、パフォーマンスなど、スピーキングを「パフォーマンス」と捉えた多方面からの訓練を行い、リハーサルを重ね、コーチングを受け、共に支え合い、刺激し合いながら大きな変化を遂げてきました。
最終日の「卒業式」では、メインコーチが、参加者一人ひとりに、パーソナルなメッセージを語りかけ、参加者たちもそれぞれ、これまでの学びや思いを自分の言葉で語り、信じがたいかもしれませんが、コーチをはじめ参加者が話しながら、そして仲間の話を聞きながら、恥ずかしげもなく何度も涙を流しました。
私も社会人になってから、ここまで感動を覚え、さらに皆一体となってその感動を共有したことは初めて、と言っていいくらいの体験でした。
もちろん、4カ月間の苦労と達成感が大きな要因ではあるのですが、それ以上に、一人ひとりが語るストーリーが、誰の心にもストレートに響いてきたからです。
ストーリーは人の心を動かすことができます。しかし人の心を動かすストーリーを語ることは簡単ではありません。それを実現できるたった一つの方法が「自己内省」を行うこと、です。
自分のこれまでの経験、過去の過ち、苦悩、自分の強さ、弱さ……。誰しも、心の中にたくさんのドアがあります。開きたくない心のドアを一つ一つ開いていき、自分自身と向き合っていくことで、初めて、人の心を動かすストーリーを掘り起こすことができるのです。そんなストーリーが掘り起こせた時、スピーチよりも大きな副産物を得ることができます。
それが自己肯定、自己実現、自己変革です。
だからこそ、私はプロスピーカーになった、とも言えます。自己内省を常に行い、ストーリーを組み立てていくことが、おのずと自己変革につながるからです。世界のトップリーダーたちは、皆、この自己内省プロセスを実践しているのです。
できるリーダーが全員やっていること
メディア界きっての大物アリアナ・ハフィントン氏は、自己内省プロセスを、各々が持つ知恵と創造性を結びつける方法、として推奨しています。莫大な資産を持つ投資家レイ・ダリオ氏もまた、自らの苦境を省みたことが世界最大のヘッジファンド・ブリッジウォーターを創業する助けになった、と語っています。世界で活躍する日本人の一人、イチロー選手も同様です。
「自分は今、ここにいる。でも、自分の斜め上にはもう一人自分がいて、その目で自分がしっかりと地に足がついているかどうか、ちゃんと見ていなければならない」
イチロー選手はスランプに陥って自分を見失った時、客観的に自分を見ることの必要性を感じ、自身の振る舞いをもう一人の自分が冷静に見つめるべく心がけるようになったといいます。それは、自分を客観視することで自分を取り巻く状況を広く知ることができ、例え順境であっても逆境であっても冷静に判断することができるようになるから。まさに自己内省プロセスです。
自己内省プロセスは、反省とは少し異なります。反省とは過去に起こった自分の間違いを振り返る、いわばネガティブ視点を起点とするフィードバックですが、内省とは、自分自身と向き合い、自分の考えや言動を振り返り気づきを得ることで今後につなげる、いわばポジティブ視点のフィードフォワードなのです。
内省から生まれたストーリーは、「憧れのリーダーのまね」ではなく、あなたらしさを確立したリーダーとして、周りの人を引き付けてやまないはずです。前回記事で紹介した「新田さん」も、まさに、内省プロセスを経たからこそ、人を動かすストーリーを語ることができたのです。
リーダーとして成長するためには、いろいろな要素、方法があります。その中で自己内省は、「リーダーの必須要素」として語られることは少ないですが、実はすべてのリーダーに必要な最大の要素なのではないか、と私は考えています。自己内省を、ストーリーづくりを通して実践してみてはいかがでしょうか。そうすれば、自分自身の成長はもちろんのこと、周囲が「この人についていきたい」と思えるリーダーへと成長していけるはずです。