ロジカル思考はスピーチ構築に必須のスキル

先日、日本での企業研修でのことです。

A社は、日本を代表するグローバル企業の一つです。次期幹部候補のリーダーシップ育成プログラムの一環として、2日間にわたるプレゼン研修を担当し、私自身のスピーチコーチとしての提供価値を再確認したとともに、参加者の人生に影響を与えられたという実感を強く持てた研修となりました。

この研修では、1日目の午前中でプレゼンの基礎を学びながらロジカル思考を鍛えると同時に、「自分らしいリーダーシップとは」をテーマに、自分にしか語れないストーリーを引き出していきました。参加者の皆さんには、これまでビジネスプレゼンの中で「ストーリー」を語る経験があまりなかったのですが、前回のコラムでご紹介した、スピード・ストーリー構築法を使うと、どんどんいろいろなストーリーが上がってきました。

午後はそれらのストーリーに基づいて作ったプレゼンを一人ひとり行い、その場で即時コーチングをしていきました。2日目は1日目のフィードバックに基づいて各自プレゼンを改善し、再度発表。今度は人事部長も加わり人事部長からのフィードバックと、講師の信元からのフィードバックを再度行い、最終的に行われる社内経営層へのプレゼンに備えるという内容でした。

研修のハイライトは、1日目の個人プレゼン直後の即時コーチングです。

初めて会う参加者の方々から初めて聞くスピーチを約1分間で即時分析し、的確にフィードバックを出していきます。フィードバックしていくと、発表者自身はもちろんのこと、ほかの参加者たちも瞳孔が開き、「おお……」という声すら上がることもしょっちゅうです。休憩時に、「どんな頭の構造をしているんですか……?!」というコメントを多数いただきます。

ここで私が使っている力、それは「ロジカル思考を生かした分析力」です。

本業は戦略コンサルタントですので、市場調査・分析が非常に得意な部分、かつ、好きな業務です。このスキルはスピーチコーチに最大限生かすことができ、他のスピーチコーチやプレゼンの専門家にはおそらくできない、私だけが提供できる価値です。これはまさに、ロジカル思考をベースに瞬時に分析し、改善法も瞬時に提供できる力です。

今回、皆さんにこの話をお伝えする理由は、スピーチ構築の鍵はロジカル思考にあることを再度強調してお伝えしたいからです。

私の即時コーチングでは、参加者のスピーチを聞いている際、大量のメモを取ります。そのスピーチのオープニングからクロージングまで、全体の構成の鍵となるキーワードやストーリー、ロジックなどの話の流れをすべて順番に書き留めているのです。いわば、そのスピーチの青写真を書き写しているようなイメージです。そしてそこから、ロジックの飛び・漏れ・抜けや、メッセージの一貫性、などを分析していきます。すると、いろいろな要素が見えてきます。

例えば、途中から話し始めたあのストーリー、またはあの質問を冒頭に持ってきた方が、オープニングのインパクトが倍増する。あるいは、補足説明として加えていた情報をもっと前面に、かつ、最初に押し出すと、聞き手の感情を揺さぶるコントラストが出る。あるいは、あるポイントからポイントの説明に移った時に情報のレベル感に飛躍があるため、レベル感を合わせた新たな情報を加えると説得力が上がる。などなど。

これらに共通しているのは、スピーチ原稿をゼロから大改造するのではなく、順番を変えたり必要な微調整をするだけで、聞き手に「おお!!」という大きなインパクトを与える改善が可能であることです。

これはロジカル思考を軸にして分析しているからこそ見えてくる要素であり、だからこそ、常々お伝えしている通り、「プレゼン・スピーチは情報の整理術」なのです。

ストーリー一つが誰かの人生を変える

この研修で、とてもうれしかったことがありました。

1日目に、参加者があまりビジネスプレゼンではやったことのない、「自分にしか語れないストーリー」を取り入れる手法を実践したのですが、終了後に、熱心な参加者が何人か私のところに質問に来られました。一人ひとり丁寧にお答えし、その人ならではのストーリーを引き出していくと、お一人お一人の目が輝いて、「あっ!これだ!」と仰って帰って行かれました。

そのなかで、忍耐強く最後まで待っていてくださった方がいました。ここでは「新田さん」とお呼びしましょう。

新田さんは、次期幹部候補としても有力な、優秀なリーダーとして頭角を現している方です。1日目の演習もそつなくこなされていました。ところが、1日目終了後、研修ルームに私と新田さん以外誰もいなくなってから、新田さんはゆっくりと私に話し始めました。

新田さんのチームメンバーの一人に、とても有能なのに営業成績が上がらず、自信を失っていた人がいました。大人数をまとめる新田さんですが、このチームメンバーの微妙な変化を見落とさず、個人的に声をかけるようになりました。ある日新田さんは、顧客から依頼されたイベントの立役者として、このチームメンバーを抜擢し、才能を最大限生かせる場を作りました。

このチームメンバーはようやく自分の才能を確認でき、自信を回復し、目が輝き、生き生きと仕事をするようになったそうです。この出来事は数年前のこと。その後、新田さんは別の部門のリーダーとなりました。つい先日、久しぶりにこのチームメンバーから手紙が届きました。

その手紙には、こう書いてありました。

「私は〇〇の専門家としての道に進むことに決めました。新田リーダーのおかげでやっと自分の道を見つけることができました。もしあの時、新田さんがあの場を作ってくださっていなかったら、私はいまだに自信のないただの社員だったと思います。新田リーダー、私の人生を変えるきっかけを作ってくださってありがとうございます」

このストーリーを語りながら、新田さんは大粒の涙をたくさん流していました。そしてその涙を隠すことなく、新田さんはさらに続けました。

「この手紙を見て、私の中で変わったことがありました。私はこのチームメンバーを起用することで、A社のアセットと地域をつなげたのですが、その結果、チームメンバーの人生も変わり、このイベントを開催した地域も活性化されました。私のリーダーとしての原動力となっているのは、つなげる喜びなんだ、と気づきました。人、会社、地域をつなげることで社会価値が上がっていく、世界がどんどん良くなっていく。これは私だからこそできるリーダーシップスタイルです。今日の研修でストーリーを深めていくという演習をやって初めて、このことに気づきました。信元先生、私の人生を変えるきっかけを作ってくださって、ありがとうございます」

そして翌日の演習で、新田さんは初めて人前でこのストーリーを語りました。熱く秘めていた思いをストーリーに乗せて語る新田さんの顔には涙は一切なく、晴れやかな笑顔と輝き、そして自信がみなぎっていました。その姿はまさに、次世代リーダーとして遜色のない姿でした。

スピーチ・プレゼンの伝道師としてスピーチの醍醐味や楽しさを伝えていくことをミッションにしている私にとって、これほどの喜びはありません。

新田さんのストーリーは、きっとこれからも誰かの人生を変えていくことでしょう。ストーリーを語れるリーダーこそが、会社を、人を、地域を、社会を、そして世界を変えていく変革リーダーなのではないでしょうか。ストーリーを通して、私自身もそう確信することができました。