去る8月20日にワシントンDCでトーストマスターズの国際スピーチコンテスト世界決勝が行われ、筆者も観戦しにいってきました。今年の優勝者はシンガポール在住で、英語がネイティブではないアジア人男性、ダレン・テイさん。快挙です。

2位にはアメリカ、フィラデルフィア在住の黒人男性、アーロン・ビバリーさん、そして3位には、カリフォルニア在住のアジアン・アメリカン女性、ジョセフィーン・リーさんが入賞。なんと3人ともまだ20代という、トーストマスターズ史上、トップ3名の合計年齢が最も若い入賞者トリオとなりました。

この国際スピーチコンテストは、第1次予選は1月頃から始まり、世界決勝が行われる8月頃まで、有に半年以上の時間をかけていくつもの予選が世界各地で実施され、世界決勝に至ります。各予選では、1位優勝者のみが次の予選に進める、という仕組みで、今年は総勢約3万人のコンテスタントが第1次予選に挑戦しました。かくいう筆者も、2013年、2014年には、ニューヨーク州の決勝入りを果たしています。

これらのいくつもの予選を勝ち抜き、世界3万人から最終的に世界決勝に残った10名のファイナリストたちは、当然どれも素晴らしいスピーチでしたが、トップ3名のスピーチはやはり圧巻でした。これらのスピーチには、共通した成功の秘訣がありました。今回はその秘訣についてひもといてみたいと思います。

パワフルなオープニングとクロージング

本コラムでもお話しした7秒-30秒ルール。聞き手は最初の7秒で話し手の印象を決め、30秒で、話の内容に興味があるかどうか判断する、というものです。つまり最初の7秒で聞き手の注目を一気に集め、30秒でスピーチ全体の重要メッセージを予期させて話がどう展開されていくのか、興味をそそらなければなりません。

今年見事世界チャンピオンに輝いたダレン・テイさんのオープニングは秀逸でした。彼はまず無言で手をスーツのポケットに突っ込み、カルバン・クラインの白いブリーフを取り出して体の前で広げて見せます。さらに無言のまま、なんとそのブリーフをスーツの上から履いて、数秒間ポーズをとります。まだ一言も発していないのに、もうこの時点で観客は爆笑の渦です。そして一言目、「“新しいユニフォーム”は気に入ったかい? 負け組くん!」といういじめっ子のセリフでストーリーは始まります。ダレンさんが14歳の時、いじめの対象になっていた時のストーリーが繰り広げられるのですが、このストーリーで彼が伝えたかったことは次のことです:

「もしあなたが、いじめにあったことがなかったとしても、自分で自分をさげすんだり過小評価したりしたことはないでしょうか? 誰でもあるでしょう。でもそれはいわゆる内面での自己いじめ、といえるのです。つまり私たちはみな、何らかの「いじめ」の経験があるんです。ここから脱するためには、自分が恥ずかしいという思いを自己認識し、そこから脱し、完全に取り除いて堂々と前を見ることです」

このメッセージを象徴するのが、実は白いブリーフです。ダレンさんは白いブリーフをユーモアの源としても効果的に使いながら、クロージングで、メッセージを視覚化するために非常に巧みな使い方をします。
「自分の恥ずかしさをまず認めよう」→白いブリーフに再度注目を寄せ、「ぼくはこんなブリーフを表に履いてしまっているんだ。それを僕は今認めている」 「そしてそんな気持ちから脱しましょう」→白いブリーフを脱ぎ、片手にぶら下げる。
「そしてそれを捨て去って、前を見て進みましょう」→白いブリーフを投げ捨てる。

オープニングでの白いブリーフは強烈でしたが、スピーチの間中、白いブリーフに何度か注目させて笑いを取りながら、最後には最重要なメッセージの「象徴」として白ブリーフを使う。2000人以上の観客からは、その巧妙さに、感嘆の声が上がりました。

第2位に輝いたアーロンさんは、おそらくスピーチコンテスト史上最長のタイトル名のスピーチを行いました。その長さ、なんと54ワード。ステージ両脇には大きなハイビジョンスクリーンが設置されているのですが、コンテスタント名、そしてスクリーンからはみ出しそうな文字数のタイトルが映し出されると、観客からはじわじわとした笑いが起こり、司会者がタイトル名を読み続けるほどに大爆笑になっていきました。本人が登場する前からすでに会場は期待感であふれかえりました。

なぜアーロンさんはこんなタイトルをつけたのか? それはやはりオープニングの30秒で伝えられました。笑いの渦の会場に姿を現したアーロンさん。なんとそのまま15秒間、会場を見渡しながら沈黙を保ちます。笑いの渦から一転、会場はピンと張り詰めた空気に変わります。そして開口一番、「みんなこういうの一度はやってみたかったでしょ?」またまた会場は大爆笑。そして彼は続けます。「さあ、あの54ワードのタイトルを覚えているよね? リピートして。はいどうぞ!……言えないよね。メッセージってのは、たくさん言えば伝わるものではないんだ。ほんの短い言葉、でも意義ある深い言葉こそが、人々の心に残るものなんだ」。

ストーリーで最大のメッセージを伝える

第3位に輝いたジョセフィーン・リーさんのスピーチタイトルは「I will be there」。彼女のメッセージは「I will be there.この4ワードを繰り返し、守るならば、生涯の友が得られる」という、これだけ聞くとありきたりのようなメッセージです。しかし彼女のストーリーテリングは喜怒哀楽すべてが表現され、かつ、無駄がすべてそぎ落とされており、スムーズな語り口にも助けられ、見事、の一言でした。

登場人物は、彼女自身と、学生時代からの親友、ジェナのたった2人です。が、この2人の関係が山を越え、谷を越えていく様子が軽快に語られていきます。

お弁当を忘れた時、ジェナが自分のお弁当を半分分けてくれたこと、食べたばかりなのにまたマクドナルドにいこうと誘うジョセフィーンに、「食べたばっかりじゃないの!!しかも……3個もデザート食べたでしょ……(いや、実は5個……)、しょうがないわね、いいわよ。I’ll be there」という、女子高生らしい軽妙な会話。

そしてジョセフィーンが運転免許を取りたての頃、ガソリンのサインが、単なる「サジェスチョン」だと思って無視していたら高速道路で止まってしまい、ジェナに電話をした時のこと。ジョセフィーンは「Oh…sh…sh…should’ve stopped at the gas station!!!」、普通なら、Oh sh…と来たら、当然Oh Shit!!(くそ〜っ!)と言うと予想させますが、それを裏切り、sh…should と言うことで笑いを取っていました。

それに対するジェナは、「F…f… fine!! I’ll be there!!」と答え、すぐに飛んできてくれます。ここでも、F…ときたらFuckですが、f…f… fine!!と裏切ることで笑いを取ります。この後、2人は近くのコンビニへガソリンを買いに行くのですが、その様子も「アジア人とブロンドの若い女の子2人がガソリンを買いに店に入ったところ……」という表現で、面白おかしく、かつビビッドに状況を想像させたり、カラのガソリン容器だけを買ってガソリン注入口に突っ込み、ガソリンを入れたつもりになったジョセフィーンとジェナのやり取りも、次のように愉快にビビッドにセリフ調で語られます。

ジェナ:「あんたそれガス入ってる?(英語でガソリンは略して“ガス”といわれます)もしかしてカラ? 軽すぎると思わなかったの?!」 ジョセフィーン:「……だから“ガス”っていうんじゃないの?」「……みなさん、これ、作り話だったらよかったんだけどね……」

ジェナはいつもジョセフィーンのそばにいてくれました。「She was always there」。しかしその後2人が大学を卒業し、それぞれが就職して忙しくなると、ジェナがジョセフィーンを必要としている時にでさえ、ジョセフィーンは「忙しいの」「今はだめ」「またね」という返事を返すようになり、いつしか2人は会話をしなくなり、10年の月日が経ってしまいます。

そしてある時ジョセフィーンは、Facebookでジェナの結婚を知ります。結婚式には呼ばれませんでした。ショックと後悔から、勇気を出してジョセフィーンはジェナに連絡をします。「ぎこちないんじゃないか……」というジョセフィーンの不安は見事に覆され、10年ぶりに会った2人は、年月を感じさせないほど打ち解けます。場所はあの時と同じマクドナルド。しかも、ガスステーションの時の話を、ジェナの父親が結婚式で話をしたというのです。「結婚式の時、物理的にはいなかったけれど、私はジェナのもとにいた……。I was there.」、そしてその後、ジェナがジョセフィーンに尋ねます。「ねえ、今週末バースデーパーティーをやるんだけど、もしよかったら……」、ジョセフィーンはジェナを遮り、答えます。「ジェナ、I will be there」。

いかがですか? 文字で読んだだけでも、生き生きとしたストーリーテリングだったことが感じられるのではないかと思います。彼女のスピーチは、ほぼすべてがストーリーテリングで進められました。そして彼女のストーリーは、まるで聞き手がその場でそのシーンを見て、聞いて、さらには触ってその場の匂いまで嗅ぎながら同じ感情を共有しているかのように、見事なまでに聞き手に疑似体験をさせるものでした。

「I will be there.この4ワードを繰り返し、守るならば、生涯の友が得られる」というメッセージを、見事に具現化したストーリーでした。スピーチの極意はストーリーにあり。これまで本コラムでも強調してきたことですが、ジョセフィーンさんのスピーチを聞いて、それをさらに実感しました。

Genuineであること

今回、第3位に入賞したジョセフィーンさんに、受賞後、直接お話を聞くことができました。彼女のスピーチ原稿構成そのものも素晴らしかったのですが、彼女のデリバリー(話し方)もあまりに素晴らしかったため、デリバリー上達のためのコツを聞いてみました。するとジョセフィーンさんの答えはたった一言「Genuine」でした。

つまり、自分自身に偽りなく、心から純粋にホンモノの気持ちを伝える、ということです。ストーリーテリングでは、ドラマ性を持たせるために若干脚色したりするケースも見られますが、彼女の場合、ストーリーで語ったことはすべて実際に起こった等身大の事実だそうです。だからこそ、そのままの自分をオーセンティックを伝えるだけなので、デリバリーにもそれが反映されるのだ、と。

その通りだと思います。彼女の語り口は、わざとらしさも大げさ感もなく、2000人以上の観客に話すのではなくてまるでたった1人の友人と話しているかのように自然な語り口でした。しかし、この「自然」というのが実は非常に難しいものです。トップレベルの俳優たちが、台本を暗記しているのにそれを全く感じさせず、その瞬間自分が感じたからその言葉を発した、というナチュラルさを出せる技術を訓練している、のと同様の技術が必要です。

人は、舞台に立つと、そして舞台が大きければ大きいほど、知らず知らずのうちに「パフォーマンス用の自分」が乗り移った「私、芝居してます!」パターンに陥りがちです。あるいは、緊張のあまり、覚えたセリフをそのまま暗唱してしまい、「大根役者」に見えてしまうというパターンも多々あるでしょう。

準備されたスピーチを人前で「たった1人の友人と話すようにごくごく自然に」語る、というのは、実は簡単そうで訓練が必要なデリバリー技術です。しかしやはり3名の入賞者たちは、この非常に難しいデリバリー技術を完璧に身に着けていました。きっとそれぞれが、地道に訓練を積み重ねた結果の賜物に違いありません。

ウェビナー申し込み受付中
文化や言葉の壁を打ち破り、人々を魅了する、グローバル・パブリックスピーキング