アメリカでは5月末がちょうど卒業式シーズンでした。各大学の卒業式では必ず、各界の著名人が、卒業生に対してスピーチを行います。今年行われた卒業生スピーチの中から、2つ選んで分析してみたいと思います。

女優・ナタリーポートマンのハーバード大学の卒業スピーチ

まず取り上げたいのは、女優・ナタリーポートマンが母校のハーバード大学の卒業式で行ったスピーチです。ハーバード大学のWebサイトで動画が見られます。星をつけるとすると、残念ながら5つ星中2つ星でしょうか。

Focus on One BIG Message !!

まず構成面では、メッセージが多すぎてしまっています。

Self-doubt, overwhelmed, Use lack of knowledge as your asset, Friendship, the biggest asset the school give you is group of peers, how to be and how not to be…

まだまだ沢山のポイントと、それにまつわる小話が出てきます。そのため、彼女が一番伝えたかったことは何なのか?が埋もれてしまっています。どんなスピーチでも、伝えたいことは1つに絞ることが大切です。

しかし残念だった大きな原因は、実は構成面よりもデリバリー面にあります。ブレイクスルー・スピーキングのウェビナー(http://www.btspeaking.com)テーマ別実践クラス「自信に満ちたデリバリー」編では、デリバリー面で避けるべき10のポイントについてお話しするのですが、その中の6つをやってしまっているのです。そのうち致命的な3つをご紹介しましょう。

Sameness is the biggest enemy!!

スピーチの中盤ごろ、観客の顔が映し出されたとき、興味のなさそうな表情をしています。きっと誰もが一度は直接会ってみたかったであろう超有名女優を前にして、観客はなぜ興味を失ってしまったのでしょう?

スピーチの大敵は「無変化」です。原稿を一気に丸読みしてしまっているため、最初から最後まで同じスピード、しかも速いスピードが続き、声のトーンもずっと同じ、息つく間がありません。

強調したいところはスピードを落としてゆっくり、はっきり、大き目の声で言う、感情に訴える時には、早いスピードの後に声のトーンとスピードを数段階落とし、たっぷりと間をあけて余韻を持たせる、などして、「無変化」から脱しないと、聞き手は疲れてしまいます。

Don’t step on thoughts and laughs

せっかくユーモアを取り入れているところでも、速いスピードで間をおかずに次に急ぎ進んでいるため、せっかくの笑いがさえぎられてしまっている個所が随所に見られます。また、意義あるメッセージを発したのに、やはり間を空けずに次に進んでしまった結果、せっかくの重要なメッセージを腹落ちさせる余裕が与えられず、気がついたら何も印象に残らないままにスピーチが終わってしまいました。「間」を取って、聞き手の反応・興味・思考を引き出すことが重要です。

Giving a monologue v.s. dialogue

聞き手に対する問いかけも特になく、また沢山の小話も「○○教授が△△と教えてくれた…」というように、単なるナレーションのようにストーリーが流されてしまっています。ストーリーを生き生きさせるには、ナレーションまたはモノローグ式でストーリーテリングするのではなく、対話、つまりセリフのやりとりでストーリーテリングすることです。

例えば、「○○教授が私に△△と教えてくれた…」ではなく、「○○教授がある日、優しい目で私にこう言ったんです。『ナタリー、完璧じゃなくていいんだよ』」というように、登場人物の「セリフ」としてストーリーを語ったほうが、そのシーンがより鮮明になり、聞き手がその場にいて疑似体験をしているかのように思わせられ、その結果、聞き手の心を引き込みやすくなるのです。

女優さんならお得意のはずなのですが、「スピーチ」と思ってしまうと、ベテラン女優さんでもこのようになってしまうのですね。「スピーチ」とは「1対多数のモノローグ」ではなく、「1対1のダイアログ(対話)が拡大したものにすぎない」と言い聞かせてください。

最後に、彼女が東京で隠れ家的すし屋に連れて行かれたときのエピソードについて。

“All the best restaurants in Tokyo only do one type of dish. Sushi, Tempura, and Teriyaki.”

東京の最上級のレストランはたったひとつの料理だけを出す、は良いとして、その例が、スシ、テンプラ…テ、テリヤキ…ハリウッド映画でいまだによく映し出される、「ステレオタイプなニッポン」そのままのように感じられ、なんとも残念に思ってしまいました。

ファーストレディー・ミッシェルオバマのタスケギー大学卒業式スピーチ

次に、ファーストレディーのミッシェルオバマが、アラバマ州タスケギー大学の卒業式で行った卒業式スピーチです。Youtubeで動画が見られます。

アメリカの大統領の妻は、選挙戦のときから演説をしなければいけませんので慣れているでしょうが、さすがはミッシェルオバマ、5つ星中4つ星半です!とくにデリバリー面で学ぶところが多いと感じました。

Conversational:会話調

ナタリーポートマンが、紙を読み続けていたのに対し、ミッシェルオバマは終始「会話調」でした。原稿を読むこと自体が悪いということではありません。現にミッシェルオバマも両側に透明なボードがあり、そこにスクリプトが映し出されているはずなのですが、「読んでいる感」が全くなく、始終会場全体に目線を配りながら、時にはアドリブのジョークも入れながら、まるで友人と話しているかのように非常に会話調で、聞き手は、自分だけに話しかけられているような錯覚に落ち入ります。このような錯覚に落とせれば、スピーチはすでに成功したようなものです。

Pauses:間

ミッシェルオバマのスピーチは、間の取り方が完璧です。観客が拍手をしたり、歓声をあげたりするための「間」を十分にとっていることで、観客との一体感、インターアクティブ感、対話感が満載です。特に効果的に「間」を使いたいのは、(1)笑いを取るとき、(2)聞き手に深く考えさせたいとき、です。

笑いというのは、面白いことを言った直後にすぐに沸き起こるとは限りません。じわじわと来る笑いや、よくよく考えるとものすごく面白いコメントだった!と言う場合も多々あります。そんな時、間をしっかり空けてあげると、確実に笑いのつぼが刺激される時間的余裕が与えられるので、必然的に笑いが引き起こされます。

また、重要なメッセージや問いかけを行うときも、間を空けることで、そのメッセージが聞き手に腹落ちしたり、じっくり考えることで意識変革や気付きが起こったりするのです。緊張すると早口でどんどん先へ先へと進んでしまいがちになるのですが、そういうときこそあえて「間」を取る勇気を持ってみましょう。「間」はスピーチにおいて非常にパワフルなツールです。

Change of paces and pitches:緩急

「間」もそうですが、話す速度も緩急コントラストをつけて話すと効果的です。ミッシェルオバマも、パッションをこめて話すときには比較的早口で話し、重要なメッセージを伝えたいときにはゆっくり目で話したり、スピードのバラエティーに富んでいます。また声のピッチも、強い声、柔らかい声、高い声、低い声、と効果的に使い分けており、表現力の豊かさから、名映画のように聞き手の心にビンビンと伝わってくるものがあります。

Emotion in each word:感情

彼女のスピーチに説得力と共感力があるのは、単語レベルに感情が込められているからです。たとえば、“I was happy”と言おうとしたときに、さらりと言ってしまうのと、“Happy”という単語に、心からハッピーだと言う感情を詰め込んで言うのとでは、聞き手の引き込まれ度合いが格段に違います。

ミッシェルオバマのスピーチの中では、「“Nobody”は、絶対に一人も存在しないのだ!」と強調する語調で“Nobody”と発せられ、“Surely! Surely!”は断定的かつ情熱的な感情をこめて2度繰り返し、“Who am I?” には戸惑いや悩みが感じられるような口調であったり、単語レベルでの豊富な感情移入がたくみに取り入れられているのです。

あえて欲を言うならば、全体的に力強い話し方であったため、preaching(説教)的印象が少しありました。しかし、カリスマチックでパワフルなファーストレディーという立場を考えると、ミッシェルオバマにとっては適切なトーンだったかもしれません。みなさんが終始あのようなトーンでスピーチをした場合、カリスマチックではなく、威圧的で説教的印象を与えかねませんので、声のトーンは極力、高・低、強・弱、硬・柔と、使い分けるようにしましょう。