筆者がプロフェッショナル会員として所属している、全米プロスピーカー協会にて、先日、ワークショップが行われました。

講師は共に役者出身で、15年以上にわたりプロスピーカーとして活躍し、現在では1回の出演料が400万円前後にもなるエイミー&マイケル・ポート夫妻です。役者出身のスピーカーの特徴は、なんといってもデリバリー力が高いことでしょう。筆者もコーチを活用しています。原稿のアイデアから作成、校正などの構成面のアドバイスは、ビジネス出身のプロスピーカーであるスピーチコーチに頼りますが、リハーサル段階でデリバリー面のアドバイスを受けるのは、役者出身のアクティングコーチにと、役割を分けています。

エイミー&マイケルのワークショップでは、役者出身スピーカーならではの視点から、デリバリー完成度を徹底的に高めるための、「リハーサル7つのステップ」について学びました。これを皆さんにも共有したいと思います。

ステップ1:台本読み

演劇などのお芝居では必ず、立ち稽古に入る前に、それぞれの役者がテーブルに座って台本を声に出して読む「読み合わせ」という稽古から始めます。

スピーチも同様。原稿が固まったら、黙読するのではなく、声に出して読んでみること。そうすると、よい表現だと思った単語でも、声に出すと言いづらい、しっくりこない、自分らしく聞こえない、イマイチ感情がこもらない、など、黙読しただけでは分からない感覚と気づきが得られます。スピーチ原稿は読書のためにあるものではありませんから、必ず声に出して確認しながら、しっくりくる言い回しに書き換えていきましょう。

ステップ2:コンテンツ・マッピング

次に、原稿をどういうふうに読んでいきたいか、原稿に直接、しるしやト書きを書き込んでいきます。

書き込むのは主に2点。1点目はビート、つまり、間合いやテンポのことです。どこでしっかり間を取るのか。聞き手がしっかりとスピーチ内容を消化していくためには、「考えるための間」を与えることが必要です。そして、どこでテンポを速めたり遅らせたりするのか。緩急がしっかりしていると、全体としてメリハリが出てきます。間を取るところでは斜め線、テンポを遅らせる時は下線、速める時は波線、など、分かりやすいしるしを付けていきます。

2点目は、Operative Word、つまり、重要な単語に○を付けていきます。例えば、「I didn’t know she was guilty.」という文章があったとしましょう。

「私は彼女が有罪だと知らなかった」、という意味ですが、ここで、「I」をしっかり強調して言ったならば、「(私の友人は知ってたかもしれないが、)“私は”知らなかった」、という意味に聞こえます。一方で、「She」を強調したならば、「(私は誰かが有罪だと知っていたが、)それが彼女だとは知らなかった」という意味合いに聞こえてきます。

つまり、伝えたいことは何なのか、をしっかり考え、伝えたいことを伝えたいとおりに伝えるためには、どの単語を強調すべきなのか、しるしを付けておくわけです。すべて平たんな読み方をしてしまったら、聞き手に本来の意図が伝わりません。

ステップ3:ブロッキング&ステージング

立ち稽古初期段階の「場当たり」と考えるとよいでしょう。

何をどこで言うのか。体をどのように動かすのか。ステージ上では、物理的な動きはすべて、何かを伝えてしまいます。そのため、癖や緊張から、不必要な動きをしてしまうことが多々あります。それを徹底的にそぎ落とし、意味のある動きだけを意味のある箇所で行うことができるよう、舞台を、場面や意味合い、登場人物によって切り分けて、舞台の床に目に見えないマーキングを付けていくイメージをしながら動きを設計していきます。

ステップ4:即興&書き直し

リハーサルをしていくなかで、とっさに出てきた表現が、実はとても気に入った! ということもあるでしょう。そんな場合、どんどんそれを取り入れていきましょう。ただし、思いつくたびにリハーサルを止めて書き留めていては、全体の流れも止まってしまいます。そこでリハーサル中も必ず、録画または録音をして、後でレビューすることができるようにしておきます。

ステップ5:招待者オンリー・リハーサル

ほぼ8割方準備ができたかな、という段階で、ある特定の人たちだけを招待して、その人たちの前でリハーサルをし、フィードバックをもらいます。「ある特定の人たち」とは、コーチや上司や同僚、「自分の指示に従うことができる人」です。この時点では10人以下で十分です。 「指示に従うことができる人」とはどういうことか?

フィードバックをもらう際、ただ何も伝えずに、「感じたことをフィードバックしてください」と伝えるより、「私の動作の癖を見つけていただきたい。不必要な動きをしたところには、この原稿に印を付けていってください」、「あー、とか、えー、とか、不必要な言葉をチェックしていただきたい。そんな不必要な言葉を発していた時、どこで何を言っていたのか、書き留めていってください」など、具体的なチェックポイントを依頼し、その「指示に従って」フィードバックをしてもらうことで、自分にとって必要な課題にフォーカスすることができるのです。

あなたのためと思って、好き勝手なフィードバックを丁寧にしてくださる方もいるかもしれませんが、それではかなり主観的なフィードバックになります。それだけでなく、一つひとつ、課題をクリアしていきたい段階であるのに、ある特定のフォーカスしようとしている課題からそれてしまうため、効果的ではありません。ですから、「指示に従うことができる人」に依頼することです。マーケティングでいうならば、フォーカスグループインタビューのようなイメージでしょうか。

ステップ6:オープン・リハーサル

招待者オンリーのリハーサルを行ったら、次は、不特定の人たち数十人(しかし実際のスピーチを行う場面よりもはるかに少ない人数)に集まってもらい、もう少し大きな規模でリハーサルをします。

この段階では、具体的なフィードバックを求めるのではなく、より多くの人たちを前にしてスピーチを行った時に、どこでどんな反応が来るのか、予想・期待していた反応と違う部分はあるか、そして予想とは違ったが取り入れられる部分、または訂正すべき部分はどこか、テストしてみます。こちらもマーケティングでいうならば、新商品を全国展開する直前の、限定市場トライアルのようなものです。

もしかすると大幅な書き直しが必要になるかもしれません。そうだとしたら、ラッキーなことです。ぶっつけ本番で失敗するよりも、本番に向けて精度を高められるわけですから!

ステップ7:ドレス&スティック

最後に、本番のスピーチの場面で着る洋服、靴、そしてポインターやクリッカーなどを使いながら、全体を通してみます。いわゆるドレスリハーサルです。

特に女性の場合には重要なプロセスで、人前で美しく見せたいために、普段履きなれない高いヒールを履こうとしていた場合、ヒールの安定感を確認しておくべきです。また、ワンピースドレスなどの場合、デザインはすてきだけれども、マイクを付けるよい位置が見つからないことがあるかもしれません。男性でも、新品の革靴を履いていたら、靴底がツルツルしすぎて舞台で転びそうになる、なんていうこともあるかもしれません。

また、クリッカーも、使い慣れていないと、次のスライドに進むのにどのボタンを押していいのか、手元を確認したりしなければなりません。これは不必要な動きとなり、聞き手の気をそらしてしまい、メッセージの邪魔になります。自動的に、ボタンを押すタイミングで、押すべきボタンを親指が勝手に押している、という状態になるくらい、体とクリッカーを一体化させておきましょう。

こんなことで失敗するケースはめったにないだろう、と思ったあなた! 実際に、洋服・靴などがボトルネックになるケースは意外と多いものなのです! クリッカーのボタンの位置を確認しているスピーカーも頻繁に見かけます。用意周到にテストしておくことは、プロフェッショナルとしてとても重要なことです。

リハーサルごときでこんなにたくさんのステップを踏まなければいけないのか? とお思いかもしれませんね。でもこれをしっかり実行するか、省略するかでは、プロとアマチュアの質の歴然たる差として聞き手がはっきりと感じてしまうのです。