つい先日の3月3日、米大統領選の民主党候補者選びの山場となる「スーパーチューズデー」の投票が米国14州で行われました。その結果、事実上、ジョー・バイデン前副大統領とバーニー・サンダース上院議員の一騎打ちとなっています。サンダース氏は革命を、バイデン氏は冷静さと安定を取り戻すと約束しています。対極的な主張を掲げる両者ですが、今回のコラムでは二人のビクトリースピーチからスピーチスタイルの違いをひもといていきます。
コントラストの使い方で聞き手を引き込むバイデン氏
スーパーチューズデーで大きな勝利を果たし躍進しているバイデン氏。印象に残るスピーチは、サウスカロライナ州予備選での圧勝を受けた2月29日のビクトリースピーチです。12分程度のこのスピーチには、聞き手視点でのメッセージ、信頼と保証、パーソナルストーリー、コール・ツー・アクション(行動喚起)まで、様々な構成要素を交互に組み込んでいます。コントラストをつけた、心を揺り動かす秀逸なスピーチに仕上がっています。
冒頭では聞き手視点で「You」を連呼します。
「This is your campaign」(これは、あなたたちのキャンペーンです)
「We won because of you」(あなたたちのおかげで勝った)「We need you, we want you, there is a place for you in this campaign」(私たちには、あなたたちが必要です。あなたの支援が欲しいのです。このキャンペーンにはあなた方の場所があります)
「You」という言葉を使って「聞き手のあなた個人」に対して繰り返し語り掛けているのです。これによって、会場に集まった大勢の支援者たちが、自分自身に向けられたメッセージだと受け取ることができるのです。支援者のそれぞれが、この勝利を「自分事」として捉えることに貢献しています。さらに、会場外のすべての民主党支持者に対して次のようにメッセージを広げます。
オバマケアを築き上げ、製造業者やミドルクラスを守る候補者を選ぶべきで、自分が民主党代表の候補者となったら必ずトランプ大統領を打ち負かせる――。
いくつもの例を挙げながら、合間に「Join us」を連呼することで、全米の民主党支持者たちの一体感を一気に盛り上げます。また、「People don’t want revolutions. They want results」(人々は革命を望んでいません。彼らは結果を望んでいるのです)と、サンダース上院議員が売りにしている革新的アプローチを暗に批判したうえで、次のようなメッセージで自分への信頼と支持者への保証を強化することにも余念がありません。
「It’s time for America to get back up. The country is so ready」(米国が立ち直る時です。国は既に準備ができています)
一体感が最大限に高まったところで、今度はパーソナルな感情に訴えかけるストーリーに切り替えて、大きな感情コントラストをつけています。
父からの教え、信念。
サウスカロライナ州で出会った、息子を亡くした人のストーリー。
2015年にがんで亡くした息子のパーソナルストーリー。
声のトーンを落として涙を浮かべながら、バイデン氏自身にとってはもちろんのこと、聞き手にとっても自分の心の深いところに訴えかけるエモーショナルなストーリーが続き、聞き手の心が開かれます。
「物理的コントラスト」の使い方も秀逸です。物理的コントラストとは、声のトーンやボディーランゲージなど、物理的な部分でコントラストをつけることで相手をひきつける手法です。心の深いところに語り掛ける時の落ち着いたトーン、観衆を鼓舞する時の迫力ある声、パーソナルな痛みを語る時の涙で詰まりそうな声――。バイデン氏は、異なる種類の声のトーンをコンテンツに合わせて交互に使い分けており、非常に効果的です。
そして最後には、また声を張り上げて「Let’s get back up」(立ち直ろう)と一体感を高めて観衆を盛り上げます。
このように、構成コントラスト、感情コントラスト、物理的コントラストの3種類のコントラストを巧みに組み込んだバイデン氏は、頭と心を揺り動かして相手を動かすスピーチの達人といえましょう。
ターゲットに合わせたメッセージ重視型のサンダース氏
若いミレニアル世代を中心とした層から支持を受けている、78歳のサンダース氏はスーパーチューズデー後のスピーチをこう切り出しました。
「Everybody said it couldn’t be done. But tonight I tell you with absolute confidence that we are gonna win the democratic nomination and we are going to defeat the most dangerous president in the history in this country」
(誰もが、これは成し遂げられないことだと言っていた。しかし今夜、私は絶対的な自信を持ってあなた方にこう伝えたい。我々は、民主党候補者争いに勝利するだろう。そして、この国の歴史上最も危険な大統領を打ち負かすだろう)
「誰もが成し遂げられないと思っていたことが実現できた」という、いわば高い自己肯定感ともいえるようなポジティブなメッセージのこのオープニングは、ミレニアル世代に響きます。ミレニアル世代は、社会的意義や目的を求め、個人の多様な価値観を尊重し、貧困と格差を経験しています。しかし、市場経済の力を信じてムーブメントを推進していけば、より良い社会を築ける、と考える傾向が強いと言われています。このようなミレニアル世代が、一丸となって高いモチベーションを維持するというのは至難の業ですが、その鍵となるのは「自己肯定感」の高いリーダーの下で、彼らの自己肯定感をいかに高められるかです。サンダース氏のスピーチのオープニングは、このようなミレニアル世代の心理をよくとらえたオープニングといえるでしょう。
サンダース氏のスピーチの特徴は「メッセージ重視型」という点にあります。「二人のうちのある候補者(サンダース氏)の成果」、それに対する「もう一人の候補者(バイデン氏)への批判」を交互に繰り返し、自身のメッセージをポジティブに差異化しながら、立ち位置を明確に示し、観衆から自身に対する賛同の「Woo!」と、相手に対する批判の「Boo!」を何度も引き出して対比を強調していることが大きな特徴です。
さらに、貧困と格差を経験するミレニアル世代に響くように経済格差や人権不平などの問題を提起し、その根源となっている「悪者」に矛先を向けます。具体的には、強欲な企業、ウオール街、製薬会社、保険会社、化石燃料業界、政治的組織などです。「我々の国や世界の未来を前にして、これらの悪者たちの目先の利益など重要ではない、我々は古臭い政治ではなく、若い世代とともに、多様性も取り込みながら改革を行っていく」という旨のメッセージを語ったうえで「It is OUR movement, OUR campaign(これは私たちのムーブメント、私たちのキャンペーンなのだ)」と強調します。
バイデン氏のスピーチとは異なり、サンダース氏のスピーチには感傷的になるようなパーソナルなストーリーは一切出てきません。聞き手視点で、支持者に響くメッセージを際立たせ、ダイレクトに訴求することに集中しています。ただし、この先の選挙戦で、直接の支持者層よりも広い層を獲得していくには、やはりバイデン氏のような巧みなコントラスト戦術やストーリーが必要になってくるでしょう。