先日私は、とあるベテランライターの方の講演会に参加してきました。その方はなんと、一時期流行った、「アッシーくん」という表現の生みの親! 少女小説からファッショントレンド記事、ビジネスコンテンツまで、文体を自在に変化させて幅広いジャンルにおいての執筆をなさっている、文才あふれるすご腕ライターです。
その講演会では、「言葉の着こなし術」と題して、上手な文章を書くためのコツ、をお話しされたのですが、スピーチ構成の技術とあまりにも類似していてびっくり。相手の心に響くメッセージを伝える、という目的は、読み物でもスピーチでも共通していますから、当たり前といえば当たり前です。共通点が多いながらも、紙に落とされた言葉と、口から生で語られる言葉とでは、異なる注意点もあります。
つかみの大切さ
「吾輩は猫である。名前はまだ無い。どこで生れたか頓(とん)と見當がつかぬ。」
恐らく、日本一冒頭文にインパクトがあり、有名な小説ではないでしょうか。いうまでもなく、夏目漱石の『吾輩は猫である』です。
小説などの読み物では、冒頭の3文で引きを作ることが大切、といわれているそうです。
世の中には本は数え切れないほどありますから、その人のその本を読まなければいけない特定の理由は、よほどのことがない限りありません。
ですから、冒頭部分で、「これは面白そう! もっと読んでみたい!」と期待させることが何よりも重要なのです。有名な作品であればあるほど、冒頭が非常に優れている作品が多く見られます。
川端康成の『雪国』も同様ですね。
「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。夜の底が白くなった。信号所に汽車が止まった。」
これはスピーチにもいえることです。
なぜ、あなたが、その話をしなければならないのか? もしかすると、ビジネスでは、「上司の都合がつかなかったので自分が営業先でプレゼンすることになってしまった」というような場面もあるかもしれません。しかし相手にとってはそんなことは全く関係ありません。聞き手は最初の7秒で話し手が信頼できそうか、印象を決め、30秒でその話し手のプレゼンは聞くに値するかどうか判断する、といわれています。ブレイクスルーで教えている、「7秒-30秒ルール」です。
そのためには、短く、インパクトのある、さえた表現で意外性をつくことで、一気に相手の心を引き込んでいくことです。どんなことがあっても、「すみません、今日は上司がお休みで私が代わりにお話しさせていただきます」などとプレゼンを始めてしまってはいけません! その瞬間に、あなたのプレゼンの不成功が決まってしまいます。
実は『吾輩は猫である』も『雪国』も、冒頭3文を声に出して読んでみると、およそ7秒前後となっているのです。書き物もスピーチも、冒頭のつかみが非常に大切です。
人は、頭の中でも息継ぎする
読み物では、読んでいて疲れる文章と、どんどん読み進めてしまう文章がありますよね? 何が違うのでしょう?
それは、人は、頭の中でも息継ぎする、ということと関係しています。
難解かつ長い文章を読んでいると想像してみてください。きっとすぐに頭の中が窒息しそうになるはずです。長い文章を見た瞬間に、「長い=読むのがおっくう」というイメージも与えてしまうことでしょう。文章を読む時、頭の中に情報がラクにスッと入ってくるには、頭の中でも息継ぎの「間」を与えてあげることが必要なのです。
スピーチの場合は声に出しているのですからなおさら「息継ぎ」が重要です。「立て板に水のように話す」という表現もありますが、実はこういう話し方はスピーチには向いていません。話している本人も、そして聞いている相手も、息継ぎする「間」がないとどうなるでしょう? どこにフォーカスしてよいのか、どれが重要な情報なのか判別できず、すべての情報が頭の中を素通りしてしまうのです。
これを防ぐためには、書く場合でもスピーチの場合でも、一文をできるだけ短くするというテクニックを覚えておくとよいでしょう。
もちろん、短すぎて意味が伝わらないのでは意味がありません。自分なりに意味は伝わる・読み心地のよい文章、話しやすい文章の長さを工夫してみましょう。
トリセツほど分かりにくい。情報はえこひいきして
あなたは、新しい商品を買った時に付いてくる取扱説明書を、隅から隅まで読みますか?
私はだいたいの場合、「クイックスタート」の部分だけざっと読んで商品に触り、分からないところがあったらその箇所だけを読みます。皆さんも似たようなパターンではないでしょうか?
取扱説明書には、商品の特徴や機能、各機能の詳細説明からトラブル時の対処方法、保証に至るまで、その商品に関する「すべて」の情報が記載されています。が、それゆえに、「取扱説明書を隅から隅まで読みたい!」と思う人はいないわけです。つまり、読み手にとっては、「すべての情報」は必要なく、「自分が知りたい情報」だけが必要なのです。
あなたのビジネスプレゼンは、盛りすぎのトリセツになってませんか?
「あれも言いたい、これも言いたい、だってわが社の商品はこんなに素晴らしいのだから!」と思ってしまうあなた。要注意です!
人はトリセツを自分に必要な箇所だけ読むように、ビジネスプレゼンでも、聞き手は、「自分にとって、わが社にとってのベネフィットは何か?」という視点で聞いています。ですから、「聞き手視点」に立って情報を絞りこむことで、初めて聞き手は「聞こう」と思ってくれるのです。「情報のえこひいき」が必要なのです。
話すように書く
読む文章の書き方と、スピーチ原稿の文章の書き方で、若干異なる点があります。
それは文調です。
読みやすい小説というのは、話し言葉のような文調になっています。自分が普段会話しているような調子で文章が書き進められていると、とても読みやすく、いつまででも読んでいられるのです。しかしビジネス関連の読み物、ビジネス文書や記事、ビジネス本などでは多くの場合、話し言葉で書かれているものはほとんどないでしょう。分かりやすい文章ながらも、主語から動詞まで、きちんとしたフルセンテンスで、時にはフォーマルな文調で書かれているはずです。
スピーチの原稿を作成する場合に非常に気を配らなければならないのは、この点です。
紙に落とした原稿の文章を読み返した時点ではごく自然で分かりやすいかもしれませんが、これを、声に出して、耳からのみ入る言葉、として語った場合、硬すぎたり違和感があったりするケースが多いのです。そうすると、「書いた原稿を覚えてきました」感が満載のスピーチになってしまい、そのようなスタイルでは、聞き手の心をつかむことは当然できません。
例えば、今読んでいただいているこのコラムの冒頭を例にとってみましょう。このような書き出しでした:
恐らく読んでいるだけなら違和感はないと思いますが、これを、スピーチ原稿のつもりで声に出して読んでみてください。比較的会話調を意識して書いてはいるものの、誰かと話をする時、このような話し方をするでしょうか? もっとこんな感じではありませんか?
当然、フォーマルなビジネスプレゼンの場では、もう少し硬い文調になるかとは思います。が、日常のプレゼンの場合などは、思い切って「話し言葉」を意識して原稿を作ってみてください。そしてプレゼンをする前に、必ず、相手を想定しながら、その人に話しかけるかのように声に出してみてください。自分はこんな話し方じゃないな、と感じたら、自分らしい自然な会話調に書き換えてみましょう。