世界中から約3万人が参加する国際スピーチコンテスト

私は2013年から毎年、国際スピーチコンテストに出場しています。これは、トーストマスターズという、スピーチの向上を目指して互いに学び合う、アメリカ発の国際教育団体が主催しているもので、現在世界143カ国に1万6,600支部、35万7,000人のメンバーを有しています。このコンテストには、世界中から約3万人が参加し、約半年間で何ラウンドもの予選が行われ、各予選を勝ち抜いた優勝者のみが次のラウンドに進める、という仕組みになっています。

私は2013年から6回連続出場し、今年を含めた計4回、地区優勝を経てニューヨーク州の決勝進出を果たしました。今年の決勝は5月18日に行われ、私を含めた各地区の優勝者のベスト8が競い合いました。 そして今回はニューヨーク州での準優勝という、自己最高記録を出すことができました。これは、ニューヨーク州のトーストマスターズ会員全7,000人の中の2位、そして世界トップ100に入ったということです。

今回は、優勝、準優勝(私)、3位入賞したトップ3人のスピーチから、相手の心をつかみ、動かすスピーチの神髄をひもといていきたいと思います。

ワンビッグメッセージ

どんなスピーチでも、プレゼンでも、この一点だけは聞き手に伝えたいというメッセージがあるものです。その「たった一つの大事なメッセージ」を私が提唱しているブレイクスルーメソッドでは、ワンビッグメッセージ(One Big Massage)と呼んでいます。相手に伝わるだけでなく相手を動かすことのできるスピーチを作るために何よりも大切なのは、スピーチの最初から最後まで全体を通して、このワンビッグメッセージが一貫して明確に伝わってくる、ということなのです。

たった一つのワンビッグメッセージに絞りこむことで、誤解されることなく、相手に伝わりやすくなるスピーチやプレゼンになるのです。

ニューヨーク州のスピーチ決勝大会では8人の地区優勝者が出場したわけですが、それぞれのスピーチのワンビッグメッセージを一言で言うとしたら?と考えると、明確に「これがワンビッグメッセージだった」と思い返せるのは、トップ3名のスピーチです。

優勝者のメッセージは、「自信を失った時は無理やりでも挑戦してみよう!」

準優勝者(=私)のメッセージは、「魔法の一言で自分の光を解き放て!」

3位入賞者のメッセージは、「選択に、間違いや正しい、はない。自分の心の赴くままに」

こういった、誰もが明確に思い出せるワンビッグメッセージが、ストーリーに乗せて伝えられた時、そのスピーチはとてもパワフルなものになるのです。

ワンビッグメッセージの明確化―事例 改善前

ブレイクスルーでは、スピーチ・プレゼンの企業研修や個人コーチングを行っています。あるIT会社のプレゼンテーション研修の例をお話ししましょう。

その部署ではリバース・イノベーション(新興国発の技術革新やアイデアを先進国に導入し世界に普及させる)を打ち出すため、経営層に向けた戦略プレゼンを練っていました。以下が元のプレゼン例です。

 新興国で生まれた技術革新や、新興国市場向けに開発した製品などを先進国に逆輸入するという、リバース・イノベーションに着目しました。

P&GやGE、ネスレ、マイクロソフト、など多くのグローバル企業がリバース・イノベーションに取り組んでいて、市場拡大への貢献はもちろんのこと、社員の知識、経験を集約化、企業文化を活性化させ、会社全体の志気アップにもつながっています。利益率も高まるというデータも見られています。

リバース・イノベーションを取り入れることで、我々の製造プロセスも、試作の早い段階で、Go/Noの判断をつけやすくなるため、事業効率も高まります。

これは日本ではよくあるプレゼンのパターンで、導入があり、説明があり、そして結論があるという型に沿っていて、構成としては分かりやすくすっきりしています。

しかしこのプレゼンを聴いた時に、「何を言いたいのか」がすぐに伝わってくるでしょうか。市場拡大? 事業効率の高まり? 企業文化の活性化? 志気アップ? それとも利益率アップでしょうか? つまりこの元プレゼン例には、「ワンビッグメッセージ」が見当たらないのです。

ワンビッグメッセージの明確化―事例 改善後

そうはいっても、全部伝えたいのかもしれません。

しかし、情報には、優先度合いやレベル感の違いがあります。聞き手の心が動くために最も重要なメッセージは何かを基準に情報を整理してみると、聞き手に最も響く情報と、その周辺情報に分けられるはずです。

このプレゼンは、経営者に対して自社の戦略はこうすべきだ!と訴えかけることが目的でした。「自社の戦略」に関して経営者が最も反応する情報は何でしょうか。

それを念頭に置いた「ワンビッグメッセージ」を意識した改善例が以下の通りです。

 わが社の市場機会を事業効率よく高める。それがリバース・イノベーションの最大の利点です。

リバース・イノベーションとは、新興国で生まれた技術革新や、新興国市場向けに開発した製品などを先進国に逆輸入するというコンセプトで、P&GやGE、ネスレ、マイクロソフト、などなど多くのグローバル企業も取り入れ、市場機会の拡大を効率よく高めています。

まず伝えるべきメッセージを明確にし、そしてその理由を説明する流れで伝わりやすくなっているのが分かります。

ワンビッグメッセージは20字以内で

さらに、ワンビッグメッセージは短く簡潔にまとめ、要所要所でそれを語っていくことで、相手により深く刺さることになります。

上記の改善例では、「わが社の市場機会を事業効率よく高める」がワンビッグメッセージです。全部で18文字。英語の場合は10文字以内で、と言われるのですが、日本語にすると約20文字が適切な長さです。

みなさんも良く知るテレビコマーシャルを考えてみてください。

「やめられない、とまらない、かっぱえびせん」(18文字/カルビー)
「セブンイレブンいい気分」(11文字/セブン‐イレブン)
「すべてはお客様の『うまい』のために」(15文字/アサヒビール)
「お金で買えない価値がある」(12文字/マスターカード)
「自然と健康を科学する」(10文字/ツムラ)

20字以下に凝縮する、というルールを決めておくと、本当に言いたいことだけに徹底的に絞り込まないといけませんから、異なる解釈をする余地を与えず、圧倒的に伝わるメッセージに仕上がるのです。また、端的で、メッセージを覚えやすくなり、聞き手の脳裏にしっかりと焼き付いてくれるのです。

ストーリー性

今回のスピーチコンテストニューヨーク州決勝の上位3名には、もう一つ共通する点がありました。それは、人間が誰しも経験する、普遍的な苦悩をストーリーとして描いていた、ということです。

優勝者のストーリーでは、自分の容姿に自信がないために、色々なチャンスを失ったり、スポーツの試合にまで負けたりという苦悩があったが、負けていたのは実は自分自身に対してだった、という学びがあったこと。

準優勝者(=私)のストーリーでは、留学時に英語がうまく話せないことで社交性を欠いてしまい、ある時クラスメートに言われた一言で、自分の光を閉ざしていたのは自分自身だったのだ、とハッと気づかされ、悟ったこと。

3位入賞者のストーリーでは、人生で最も難しかった選択を迫られ、自分が選んだ選択に後悔しそうになった経験から、実はどれが正しいか正しくないか決めるのは自分だ、と学んだこと。

どれも、状況は違いますが、誰しも人生のどこかの時点で経験したことがあるかもしれない苦悩にスポットライトが当てられています。そして、そこからどうやって這い上がったのか。それをストーリーとして語ることで、聞く人は共感するのです。

ブレイクスルースピーキングでも、ストーリー選びのコツは、「4つのF」である、というお話をしています。

・Failure(失敗・挫折)
・Frustration(フラストレーション・苦悩)
・Flaw(欠点)
・First(初めての体験)
です。

人は誰しも、この4つのFを経験します。でもこれらを公に話すことはなかなか勇気のいることです。だからこそ、自分をさらけ出し、万国・万人に共通する普遍的な悩みについて語ることで、人種・価値感・文化・性別・世代を超えて、多くの人々の心に響くのです。

今年のトップ3のスピーチの勝因は、まさにこの「4つのF」にある、といえましょう。

『20字に削ぎ落とせ ワンビッグメッセージで相手を動かす』

長年にわたり、ヒューマンキャピタルOnlineにて、相手を動かすスピーチ・プレゼン術、ブレイクスルーメソッドを基にコラムを書いてきましたが、このたび一冊の書籍として刊行する運びとなりました(朝日新聞出版刊)。ぜひご覧ください。